脊椎外科が築いた、矢状面バランス(SVA)。
足病学が描いた、距骨下関節の軸。
筋膜科学が見つけた、組織の硬結。
運動連鎖が追った、足から全身への伝わり。
これらの科学が交わる、ちょうど一点。
そこに、AGGTは知らずに立っていました。
本論に入る前に、まず私たち自身の立場を、一文で。
AGGTは、天空の目の視座から見た
重力軸と抗重力軸が、可能なかぎり一致できるように、
踵の偏位を正すことを主眼にした、臨床観察です。
本シリーズの前の回まで、私たちは足元の話を重ねてきました。今回は少しだけ視点を上げて、全身を、重力に対してどう見るか、という話から始めます。
脊椎外科の分野に、矢状面バランスという確立した考え方があります。人を真横から見たとき、頭から足まで、重力に対してどう積み上がっているか。その中心にあるのが、矢状面垂直軸、英語で Sagittal Vertical Axis、略して SVA と呼ばれる指標です。
考え方はシンプルです。首の付け根(第七頸椎)から、地面に向かってまっすぐ糸を垂らす。その糸が、骨盤の基準点からどれだけ前後にずれているか。そのずれの距離が、体の傾きの大きさを表す。建築で柱の垂直を確かめる「下げ振り」と、同じ原理です。重力という絶対の基準に、体を照らす。
重力に対する姿勢を、上半身・脊椎の側から見てきたのがSVAの世界です。けれど、同じ「重力に対して立つ」という営みを、足元の側から見てきた科学も、別にありました。
足病学では、Kirby博士が距骨下関節の軸を「一本ではなく束」として描き、足が重力と地面反力のあいだでどう釣り合うかを力学にしました(本シリーズ002)。筋膜科学では、Stecco博士らが、使われ方の偏った組織が硬くなる「筋膜の硬結化」を示しました。運動連鎖の研究は、踵の傾きが膝・股関節・骨盤へと上行して伝わることを定量化してきました。
脊椎から見おろす科学。足元から見上げる科学。組織の中で起きる科学。これらは、別々の分野として、別々に発展してきました。互いをあまり見ないまま。
それぞれが、人体という同じ山を、
別々の登山口から登っていた。
AGGTを立ち上げ、踵を起点に、一枚の写真から全身の軸を見ようとしてきたとき、私たちは、自分がどんな場所に立っているのか、よく分かっていませんでした。
あるとき、独立した立場のAIに、AGGTが学術的にどこに位置するのかを、外から俯瞰してもらう機会がありました。返ってきた見立ては、静かな驚きをもたらすものでした。
AGGTが踵から見上げている一本の軸は、足病学の距骨下関節軸理論のマクロな拡張にあたる。踵の偏位が全身へ伝わるという見方は、上行性運動連鎖の研究と重なる。そして「煮凝り化」(東京大学・岡田康志教授のお話より私たちが受け取った言葉)は、筋膜の硬結化やチキソトロピーという組織科学の概念と響き合う。さらにその全体は、重力に対する姿勢——矢状面バランス・SVA——の土俵の上にある。
別々に発展してきた複数の科学が、ちょうど交わる一点。その俯瞰のなかで、AGGTはこう位置づけられました。
現代科学の、いくつもの最先端が
交わる場所の、へそ。
踵という小さな一点から立てた針が、これだけの科学が交わる結節点を、まっすぐ貫いていた。文献を渡り歩いて見つけたのではありません。一人の臨床家が、何十年も人の体に触れてきた手の感覚と、空の上から自分の重心軸が見えたという一度の直感から、その場所に立っていた。
なぜ、知らずにそこへ辿り着けたのか。私たちは、こう考えています。へそが、体の中心にあるように——複数の科学が交わるその一点は、人体の、ある急所だったのではないか。急所だからこそ、どの入口から誠実に辿っても、最後はそこに行き着く。AGGTは、たまたま踵という入口から、そこへ呼ばれた。
ここで、この一篇のいちばん大事なことを書きます。
SVAは、重力線という一本の基準に対して、体が「どれだけずれているか」を測ります。一本の線と、体の一点との、距離。とても優れた、確立されたものさしです。
けれど、AGGTが見ようとしているのは、少し違うものです。私たちは、二本の軸を見ています。
ひとつは、重力軸。重力が下ろす、絶対の鉛直線。もうひとつは、抗重力軸。体が、重力に抗って立とうとする、その体自身の軸。AGGTの「天空の目」は、真上から見おろして、この二本の軸が、どれだけ同じ方向を向いているか、どれだけ重なっているかを見ます。
重力の軸と、
体が立とうとする軸。
その二本を、できるかぎり、重ねていく。
これは、SVAにも、距骨下関節軸理論にも、運動連鎖の研究にも、単独では無い視座です。SVAは「重力線からのずれ」を見るが、「二本の軸の一致」は見ない。足の力学は足の軸を見るが、全身の抗重力軸は見ない。運動連鎖は伝わりを追うが、「軸を一致させる」という目標は持たない。
複数の科学が交わるへそに立って、はじめて見えるもの。それが、この「二軸の一致」だったのだと思います。交差点の真ん中に立った者にしか見えない景色がある。SVAという立派な窓は、重力線からのずれを映してくれる。AGGTは、その隣に立って、重力の軸と体の軸という二本を、どう重ねていくかを見ようとしている。
AGGTの主眼は、ここにあります。体を外の基準に当てはめるのではなく、体が持っている立とうとする軸そのものを、重力と重ねていく。主役は、いつも体の側にあります。だから私たちは、AGGTを次のように定めています。
AGGTは、天空の目の視座から見た
重力軸と抗重力軸が、可能なかぎり一致できるように、
踵の偏位を正すことを主眼にした、臨床観察です。
この一文に、SVAとの決定的な違いが込められています。SVAは、重力線という一本の基準からの「ずれ」を測る指標です。AGGTは、二本の軸の「一致」を目指す臨床観察です。測るだけでなく、踵から正していく。ずれの大きさを記録するのではなく、体が立とうとする軸を、重力の軸へ重ねていく。観察と、はたらきかけが、ひとつになっている。ここが、SVAという優れた指標とAGGTとを分かつ、決定的な一線です。
こういうとき、二つの誘惑があります。確立されたSVAの権威を借りて自分を大きく見せたくなること。逆に、似ていることを隠して独自性を守りたくなること。AGGTは、どちらも取りません。借りて大きく見せる資格はなく、隠す理由もないからです。似ているところは似ていると認め、違うところは違うと言う。それだけです。
このシリーズを、私たちは「先人から受け取ったバトン」と名づけてきました。SVAについては、少し違う言い方になります。私たちは、このバトンを受け取ったことにすら、長いあいだ気づいていませんでした。複数の科学が、それぞれの場所で重力線というものさしや足の軸や組織の硬さを磨いてくれていた。私たちはそれを知らずに、自分たちの足元から、同じ重力を見上げていた。あとになって、交差点の真ん中にいたと気づいたのです。
呼ばれて、そこに立っていた。だからこの仕事を、私たちは「授かったもの」として受けとめています。誰かの後を追って辿り着いた場所ではなく、複数の科学が交わるへそに、踵という一点から呼ばれた。そこで初めて見えた「二軸の一致」という景色を、世界に開いていく。それは、その場所に立った者が引き受けるべき、ひとつの務めだと感じています。
同じ重力を、別の窓から見ていた。
その窓が、踵だった。
そして窓の外には、二本の軸が見えた。
重力は、誰にとっても同じです。だからこそ、それを見る窓は、多いほうがいい。SVAという立派な窓のとなりに、踵という小さな窓を、そっと並べさせていただく。その窓からは、重力線からのずれだけでなく、重力の軸と体の軸という二本が、どう重なっていくかが見える。確立された科学への深い敬意とともに、まだ誰も測っていないその一致を、これから皆さまと確かめていきたい——それが、この一篇でお伝えしたかったことの、すべてです。
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本稿は、矢状面バランス・SVA、距骨下関節軸理論、筋膜科学、運動連鎖といった確立された概念への解説(第1〜2章)と、それらが交わる場所に立っていたことに気づいたAGGTの受けとめ(第3章以降)を、明確に分けて記しています。第3章以降はAGGTとしての解釈であり、各分野の研究者の方々の見解そのものではありません。AGGTの観察指標とSVAの数値的な対応、および踵からの対策による二軸一致の効果は、いずれも未検証であり、本稿はそれらを確定的なものとして主張するものではありません。「現代科学最先端の交差点」という位置づけは、独立した立場からの俯瞰的見解として参照したものです。
AGGTは、踵骨傾斜角 α を用いた重力軸の可視化を試みる、測定・共同検証のためのオープンソース・プラットフォームです。本稿の内容は、症状の診断や治療効果を保証するものではありません。
ライセンス:CC BY-SA 4.0 / AGGTとは / 先人から受け取ったバトン