バランサーは、数字を出します。右の踵に何ミリ、左に何ミリ。代償が、どれだけ上へ伝わっているか。
けれど私たちは、その数字を「これで治る」とは言いません。
言わないのには、理由があります。それも、いい加減な理由ではありません。
世界中の研究者が、踵から骨盤までを、くり返し測ってきました。
測った末に分かったのは――「一本の数字では、言い切れない」ということでした。
この一篇は、その「言い切れなさ」を、隠さずにお見せします。
バランサーとCOSMO EYEは、足元の傾きが膝・股関節・骨盤へどう伝わるかを推定し、補正の目安を数字で返します。本稿は、その数字の根拠が「どこまで確かで、どこからが言い切れないのか」を、世界の文献にあたって正直に整理したものです。連鎖そのものは確かにある。けれど「踵が何度なら骨盤が何度動く」という一本の換算式は、世界のどこにも確立されていない。なぜないのか。怠慢なのか、それとも別の理由があるのか。そこを、ごまかさずに書きます。これは、AGGTの補正値を否定する記事ではありません。その補正値が、どんな足場の上に立っているかを、正確に示すための記事です。
まず、確かなことから。
足元が傾けば、その傾きは上へ伝わります。踵が外へ倒れれば、すねの骨がねじれ、太ももがねじれ、骨盤の傾きが変わる。この「連鎖」そのものは、空想ではありません。複数の研究が、実際に身体を測って確かめています。
ここで、自然な疑問が浮かびます。「代償連鎖が医学として確立しているなら、関節ごとの係数も、すでに根拠を持って確立しているはずではないか」。
その問いは、半分まで、正しいのです。連鎖は確立している。年齢別・性別別の身体のデータも、世界には蓄積があります。連鎖がある、という見立ては、間違っていません。
問題は、その先――「では、何度動くのか」という、もう半分にあります。
連鎖はある。では、踵が一度傾いたら、骨盤は何度動くのか。
ここで、世界の答えが、ばらけます。
共通しているのは、一つだけ。「踵が大きく傾いても、骨盤はその一割ほどしか動かない」ということです。七度が、一度になる。それくらい、上にいくほど、傾きは目減りしていく。
研究ごとに値が違うのは、測り方が雑だからではありません。世界中の優秀な研究者が、丁寧に測って、なお、ばらけるのです。理由は、身体の側にあります。五つ、挙げます。
ひとつ。個人差が、平均を超える。
Vella ら(2023)は、踵に十二ミリの高さを入れたとき、骨盤がどれだけ動くかを測りました。平均すると約1.4度。けれど、人によるばらつき(標準偏差)は約2.0度。ばらつきが、平均より大きいのです。これは、「平均は1.4度だが、ほとんど動かない人もいれば、その何倍も動く人もいる」ということです。平均値が、ほとんど意味を持たない。
ふたつ。比例しない。
Tateuchi ら(2011)の研究では、踵のくさびを五度にしたときと十度にしたときで、骨盤の反応が、増えるのではなく、向きが反転しました。「二倍傾ければ二倍動く」という素直な比例が、成り立たない。だから、一つの傾きで測った割合を、別の傾きにそのまま当てはめられないのです。
みっつ。平面が、混ざる。
踵の外反は、身体を後ろから見た「左右の面」の動き。すねのねじれは、上から見た「水平の面」の動き。骨盤の前傾は、横から見た「前後の面」の動き。三つの、別々の面の角度を、一本のかけ算でつなぐ――その物理的な根拠が、じつは確かではありません。
よっつ。どちらが原因か、はっきりしない。
踵が骨盤を動かすのか、それとも骨盤の傾きが先にあって踵に降りてくるのか。Salsich ら(2016)は、上から下への流れ(骨盤から大腿へ)も示唆しています。上りなのか下りなのか、向きが一方向に定まらない。
いつつ。筋肉が、能動的に制御する。
身体は、ただ骨が機械的に連動するのではありません。筋肉が、その都度、姿勢を保とうと働きます。だから、亡くなった方の脚を使った実験(Hintermann 1994、Fischer 2018)と、生きて立っている人の実験とでは、伝わる割合が五割以上も違ってきます。生身の身体は、機械ではないのです。
「一本の数字にならない」と書きました。では、何が、そんなに人を分けるのか。世界の文献を深く当たると、三つの大きな分かれ道が見えてきます。
ひとつめは、性別です。
女性の身体は、男性とは違う伝わり方をします。骨盤の前傾、太ももの骨のねじれ、膝のQ角――足から骨盤へ力を伝える「骨組みの角度」そのものが、女性のほうが大きい。だから歩くとき、女性は骨盤の傾きも回旋も男性より大きく動きます。同じ踵の傾きを入れても、その力が骨盤に届く道筋が、男女で構造から違うのです。
ふたつめは、民族です。
足の骨の形は、生まれ持った民族性によって違います。踵の骨の関節面の形は遺伝的に決まっていて、民族で差がある。世界の一万五千人を調べた大規模な調査では、足の形は民族と性別で異なり、とくにアジア人の足は、ほかの集団と大きく違っていました。足の形が違うということは、力を受け止める「てこの支点」の形が違うということです。同じ角度で踵が傾いても、支点の形が違えば、上へ伝わる力の向きと大きさが変わります。
みっつめは、病です。
何らかの疾患があると、身体の前提そのものが変わります。たとえば、骨そのものがねじれていると、力がまっすぐ伝わらず、途中で逃げてしまう。同じ診断名でも、一人ひとりまるで違います。痙性片麻痺のお子さん九十一名を調べた研究では、骨盤の動きが「正常・軽度・中等度・重度」の四段階にきれいに分かれました。同じ病名の中に、これだけの幅がある。
では、何も言えないのか。そうではありません。
文献を並べていくと、一つの輪郭が浮かびます。「下のほうほど、よく効く。上にいくほど、届くかどうか怪しくなる」。
足首では、伝わり方は比較的そろっています。膝のあたりまでは、Khamis らの値で、踵の傾きの七割ほどが伝わる。けれど骨盤まで来ると、伝わる割合は一割前後に落ち、しかも研究ごとに二倍ばらつく。装具の研究をまとめた総説でも、足首への効果ははっきり出るが、骨盤への効果は「根拠が乏しい」とされています。
ここで、思い出してください。
AGGTは、バランサーの但し書きに、はじめからこう記しています。
「崩れが上から降りてきている方には、踵を正しても届かないことがあります」。
ここで、いちばん大事な腑分けをします。AGGTは、測定器であり、解析器です。その道具として、何を言い切れて、何を言い切れないのか。これを、はっきり分けます。
ここで、専門家の方へ、正直に申し上げます。
バランサーとCOSMO EYEは、代償の推定に、踵から骨盤への「伝わり方」の係数(Khamis & Yizhar 2007 の実測から導いた値)を使っています。「係数の確かさを否定しておきながら、その係数を使うのは矛盾ではないか」――そう問われると思います。
お答えします。私たちは、その係数を「世界が今のところ到達した、最良の暫定値」として使っています。確定値としてではありません。だからこそ、その推定値は会員専門版に限って提示し、公開版では伏せ、「確定していない」と明記する。使うけれど、確定とは偽らない。この一線が、AGGTの誠実さです。暫定値を暫定値として正直に扱うことと、暫定値を使わないことは、別のことです。私たちは、前者を選びます。
ふつう、道具を売るとき、「言い切れません」とは書きたくないものです。「この数字で改善します」と言い切ったほうが、信頼されそうに見える。
AGGTは、逆をいきます。
言い切れないことを、言い切れないと書く。
その「言い切れなさ」が、どこから来るのかを、世界の文献まで遡って確かめる。
「ない」ものを「ない」と言うために、わざわざ世界中の研究を掘り返す。
それは、一見、遠回りで、損な作法に見えます。「ある」と言えば一行で済むところを、「ない」を確かめるために、何倍もの手間をかけるのですから。
けれど、患者さんに手渡す数字の重みを思えば、これ以外の道はありません。いい加減な覚悟の人は、数字を盛る。本気の人は、「ない」を確かめるために、手間を惜しまない。どちらが、その数字を信じてくださる方を守るか――考えるまでもありません。
ここで、いちばん大切なことを書きます。なぜ、一本の数字にならないのか。その本当の理由です。
それは、身体が雑だからではありません。むしろ逆です。一人ひとりが、その人だけの立ち方で、重力と渡り合っているからです。
考えてみてください。人間は、二本の足で立つ、という無茶をやってのけた生き物です。重い頭を、いちばん高いところに載せ、細い二本の脚で支える。物理だけを考えれば、倒れて当たり前の、不安定きわまりない姿です。その無茶を、私たちは平然とやっている。立ち、歩き、走り、片足で靴下をはく。
それを可能にしているのが、全身を総動員した補正のしくみです。足元が傾けば、その崩れを上へ伝えながら打ち消し、同時に、上半身の揺れを下へ伝えて受け止める。下からの補正と、上からの補正が、絶えず同時に働いている。しかも、骨という骨組みだけではありません。骨のまわりの筋肉が、一瞬ごとに、何百という単位で、締めたり緩めたりしながら、姿勢を微調整しています。目をつぶって立っていても倒れないのは、この筋肉の補正が、休みなく働いているからです。
だから、踵の傾きという「入口の一つ」をいじったとき、骨盤という「出口」に何が出てくるかは、その人がこれまでに編み上げてきた、補正の癖のすべてを通り抜けた結果になります。七十億人いれば、七十億通りの、重力との渡り合い方がある。
一本の係数に収まらないのは、人間が、それほどまでに精巧で、それほどまでに、一人ひとり、かけがえのない生き物だからです。
数字が一本にならないことを、私たちは、欠陥だとは思いません。それは、目の前のこの人が、世界にただ一人の存在だという、何よりの証しです。AGGTが測っているのは、平均的な人間ではありません。いま、ここに立っている、たった一人の、あなたです。 そのたった一人のあなたにぴったり寄せるために、 AGGT のかかと調整の数値は、重力軸と抗重力軸を可能な限り近づけて行くための最初の一歩なのです。 身体は、その補正に応えてくれることがあります。 それからまたしばらくして計測してまた補正を手直ししながら、身体の軸を整えることの繰り返しをしつつ、出来るだけ脊椎外科が手術の目安として目指す頚椎7番からの重力軸との一致と似た概念である、重力軸と抗重力軸の一致をAGGTは目指しているわけです。
確かめたことは、確かめたと書く。
借りているものは、借りていると書く。
まだ分からないものは、分からないと書く。
そして、言い切れないものは――言い切れないと、隠さずに書く。
連鎖は、ある。けれど、その先は、まだ世界の誰にも、一本の数字では言えない。
だからこそ、AGGTは、そこへ一滴ずつ、実データを積み上げにいきます。世界がまだ埋めていない、その空白へ。
踵の七度が、骨盤の一度になるまでに、何が起きているのか。それを、これから皆さまと一緒に、隠さず、確かめていきたい――それが、この一篇でお伝えしたかったことの、すべてです。
本稿で参照した代表的な文献を、分野ごとに挙げます。いずれも、AGGTのスマホ写真とは測定方法が異なる研究値であり、「世の中の地図」として参照したものです。AGGT自身の土俵で測ったものではありません。
踵から骨盤への伝わり方(連鎖と、その係数)
Khamis S, Yizhar Z. Effect of feet hyperpronation on pelvic alignment. Gait Posture 2007;25(1):127-134.
Hornestam JF ら(2021)/Yi CH ら(2016)/Tateuchi H ら(2011)/Salsich GB(2016)/Hintermann B, Nigg BM(1994)/Fischer ら(2018).
性差(男女で骨盤への伝わり方が違う)
Røislien J ら. Sex differences in whole body gait kinematics. Gait Posture 2014.
Graci V, Van Dillen LR, Salsich GB. Gender differences in trunk, pelvis and lower limb kinematics during a single leg squat. Gait Posture 2012;36(3):461-466.
民族差(足の形=てこの支点が違う)
Foot morphological variations between different ethnicities and sex: a systematic review. Footwear Science 2023;15(1).(15,235名)
Jurca A ら. 120万件の足形状データ解析. 2019.
踵骨形態の民族差・遺伝的規定に関する解剖学的形態研究(2024-2026).
疾患別(同じ病名でも一人ひとり違う)
Wright J ら. 痙性片麻痺児91名の骨盤運動を正常/軽度/中等度/重度に層別、健常48名と比較. PubMed 21454079.
姿勢制御・代償の全身性
矢状面バランス・距骨下関節軸理論・筋膜科学は、本シリーズ008「へそ」009「二枚の窓」011「揺れを、隠さない」に出典記載。
外側ウェッジインソールと痛みの個人差
Parkes MJ ら. JAMA 2013;310(7):722-730(8つのRCTで有意な痛み軽減なし). 本シリーズ001に詳述.