EVIDENCE · 011

揺れを、隠さない

ここまで、私たちは「これからこう測る」と語ってきました。
二枚の窓で立体に迫る。二つの数を一つに束ねる。
けれど、その設計で実際に人を測ると、何が起きるのか。
はじめて一人を、五枚ずつ測ってみました。
すると、後ろ姿は揺れ、横顔は揺れませんでした。

本稿で扱うこと: これまでの回が「測り方の設計」だったのに対し、この一篇は、その設計で実際に一人の身体を測った、最初の実データの記録です。同じ人を後方五枚・側面左右五枚ずつ撮ったとき、数字がどれだけ動いたか。なぜAGGTはその「揺れ」を隠さず表に出すのか。出てきた数字の、どこまでを言い切れ、どこからが参考値で、何がまだ分からないのか。一人ぶんの記録なので、ここから日本人全体を語ることはしません。これは、人の標準を示す記事ではなく、ものさしが実際にどう振る舞うかの記録です。

被験者は、AGGTを立ち上げた本人です。撮影は、その妻が行いました。特別な部屋も装置もない、ふつうの居室で、裸足で、何度か立ち直しながら撮った、ただの五枚ずつ。そこから見えてきたものを、飾らずに記します。数字はすべて、実際の画面に出たものです。

ONE
第一章

設計を、はじめて実物にあてる

これまでの三篇――「へそ」「二枚の窓」「一つに束ねる」――を、いま振り返ると、どれも「設計の話」でした。AGGTがどんな場所に立っているか。なぜ後ろ姿と横顔の二枚が要るのか。二つの数をどんな道具で束ねるのか。理屈と、先人の文献と、計算式。それらを、一段ずつ組み上げてきました。

その三篇のどれもが、最後に同じことを正直に書いていました。「AGGT自身の土俵で測った実データは、まだ一つもない」と。束ねる道具は確かでも、入れる中身は借りもの。連動の強さも、ばらつきの大きさも、文献から借りた仮の置き石。本当の値は、AGGTで撮りためた実データだけが教えてくれる――そう書きながら、その実データを、まだ一つも持っていませんでした。

設計図は、引けた。
では、その設計で人を測ると、何が起きるのか。

この一篇は、その問いに、はじめて実物で答えます。立派な結論を出すためではありません。むしろ逆です。設計どおりに測ったら、思っていたより数字が揺れた。その揺れを、隠さずに見ていただく。それが、この記事のすべてです。

TWO
第二章

後ろ姿は、撮り直しても揺れた

まず、後ろから五枚撮りました。同じ人が、同じ場所で、一枚撮るごとにいったん足を崩し、また立ち直して、撮り直す。五回ぶんの、後足部の傾きです。出てきた数字は、こうでした。

後方・五枚の実測(左足/右足の傾き、単位は度)
一枚目 −1.34/−3.43 ・ 二枚目 −0.50/+0.21 ・ 三枚目 −2.39/−1.11 ・ 四枚目 −3.13/−1.90 ・ 五枚目 −2.22/−2.36
平均すると、左足 −1.91度、右足 −1.72度。けれど、一枚ごとの幅を見てください。右足は +0.21 から −3.43 まで、3.6度ぶん揺れています。

同じ人を、同じ場所で、続けて撮っただけです。それなのに、一枚ごとに一度から三度ぶん、数字が動く。これを見て、最初に思うのは「測り方が雑なのではないか」「機械の精度が低いのではないか」ということでしょう。私たちも、そう疑いました。だから、確かめました。

AGGTは、一枚の写真を測るとき、その一枚の中で何度も計算を繰り返し、検出の信頼度を自分で採点します。今回の五枚は、どれも最高ランクの信頼度で検出できていました。輪郭の見え方も、関節の位置の確からしさも、すべて基準を超えている。つまり、一枚一枚は、しっかり正確に測れているのです。

一枚ごとは正確。なのに、写真と写真のあいだで揺れる。これは、機械のブレではありません。機械のブレなら、同じ一枚を測り直すたびに揺れるはずです。そうではなく、立ち直すたびに――つまり、いったん足を崩してまた立つたびに――数字が変わる。何かが、立ち直すたびに変わっている。おそらく、立ち方そのものが、毎回わずかに違うのです。

🟢 ここは言い切れます
「同じ人を立ち直しながら五枚撮ったら、後方の数字がこれだけ動いた」――これは、実際に観測された事実です。誇張でも控えめでもなく、画面に出たとおりです。そして各写真が高い信頼度で測れていたことも、機械が自分で記録した事実です。

念のため、もう一歩確かめました。じつは、はじめは三枚だけ撮っていました。そこで揺れが見えたので、「たまたま一枚が外れただけかもしれない」と考え、確認のために五枚へ増やしたのです。もし一枚の偶然なら、枚数を増やせば揺れは薄まり、ばらつきは小さくなるはずでした。けれど――ばらつきは、縮みませんでした。むしろ、わずかに広がった。揺れは、偶然の事故ではなく、撮り直しても残る、実態だったのです。

THREE
第三章

横顔は、揺れなかった

同じ人を、同じ日に、こんどは横から五枚ずつ――左右それぞれ五枚――撮りました。前後の傾きです。すると、後ろ姿とはまったく違うことが起きました。

側面・五枚の実測(前後の傾き、単位は度)
左から見た五枚:+0.46/+0.29/+0.31/+0.75/+0.01 ── 最も大きい値と小さい値の差は、わずか0.74度
右から見た五枚:−0.51/−0.47/−1.17/−0.64/−0.77 ── 同じく、わずか0.70度
後ろ姿が右足で3.6度ぶん揺れたのに、横顔は、その五分の一ほどしか動きませんでした。

同じ人を、同じ場所で、同じ日に、同じように立ち直しながら撮ったのです。撮り方の丁寧さは、後ろも横も変わりません。それなのに、後ろ姿は揺れ、横顔は落ち着いている。これは、撮影の良し悪しでは説明できません。

後ろから見た、左右方向は、揺れる。
横から見た、前後方向は、揺れない。
同じ身体の、方向による、はっきりした非対称。

ここで、思い出してください。前の回「二枚の窓」で、私たちは「後ろ姿は左右が得意、横顔は前後が得意」と書きました。二枚の窓は、それぞれ別の方向を映す、と。今回の実データは、それとは別の、もう一つのことを見せてくれました。この被験者は、前後方向には安定して立てるが、左右方向には立ち直すたびに乗り方が変わる――そういう揺れ方の癖を、持っているらしい、ということです。

🔴 ここから先は、言いません
では、この「後ろは揺れ、横は揺れない」という非対称が、この人の身体について何を意味するのか――どこかに弱さがあるのか、癖があるのか、加齢なのか。それを、私たちは言いません。一人ぶんの、一日ぶんの観察から、身体の意味を読み取ることはできないからです。AGGTは、揺れたという事実を、ありのまま出すところまでが仕事です。その意味づけは、これから多くの実例を重ねて、専門家の皆さまとともに確かめていくことです。被験者がAGGTの開発者本人であっても、この一線は変えません。
FOUR
第四章

なぜ、揺れを隠さないのか

ふつう、測定の道具は、揺れを嫌います。同じものを測って数字が動くのは、精度が低い証拠だと見なされ、できるだけ隠したくなる。平均してならし、きれいな一つの数字だけを見せたくなる。

AGGTは、逆のことをします。五枚の生の数字を、揺れの幅を、ばらつきの大きさを、全部、表に出します。平均だけでなく、「これだけ揺れました」を、いちばん大きく見せる。なぜか。

揺れは、隠すべき欠陥ではなく、その人を映した情報だからです。後ろ姿が3.6度の幅で揺れて、横顔は0.7度ほどしか揺れない――この差そのものが、その人の立ち方について、何かを語っています。それを平均でならして消してしまえば、いちばん大事な情報を、自分の手で捨てることになる。だから、ならさない。隠さない。揺れたら、揺れたと出す。

🟢 これは、AGGTがずっと守ってきた作法です
機械は、合否を判定しません。「あなたは異常です」とは言わない。ただ「この撮影で、これだけ揺れました」という事実を返し、「気になる姿勢があれば、もう一枚撮ってみてください」と添えるだけ。判断するのは、いつも人間の側です。揺れを見て、何を読み取るかは、撮った人と、撮られた人に委ねられています。

これは、強がりではありません。むしろ、弱さを認めることです。AGGTは、一枚で正確に測れる。けれど、人は立ち直すたびに少し違う。その「人の揺れ」を、機械の側で勝手に消さない。消さずに見せて、「この揺れは何だろう」と一緒に考える。それが、ふつうの測定器と、AGGTの違いです。

FIVE
第五章

どこまで言い切れて、どこからが参考か

揺れを隠さない、と書きました。けれど「隠さない」は、「何でも言い切る」とは違います。むしろ逆で、一つひとつの数字について、どこまでなら言い切れて、どこからは言い切れないのかを、はっきり分けることです。私たちは、出てくる数字を、根拠の強さで四つの層に分けて考えています。

言い切れること(数学・物理として確か)
傾きの角度は、写真から直接測った実測値です。その角度から距離を出す計算式は、高校数学の三角関数で、確実です。ばらつきの幅も、ただの計算結果です。ここは、誇張なく言い切れます。
この撮影で起きた事実
「後ろは揺れ、横は揺れなかった」「撮り直しても縮まなかった」。これは、この日のこの撮影で観測された事実です。「世の中一般」ではなく「この人をこの日測ったら」と限定して、言い切れます。
参考値(世の中の研究では、このあたり)
では、世の中の人はどのくらいなのか。レントゲンなどで測った研究値は、いくつもあります。ただしそれは、AGGTのスマホ写真とは「ものさしが違う」数字です。「世の中ではこのあたり」という文脈にはなりますが、「これを超えたら異常」という線には、なりません。次の章で触れます。
まだ分からないこと(正直に、空白のまま)
この揺れが身体の何を意味するか。AGGT自身の土俵で測った日本人の「ふつうの分布」がどのあたりか。個人の数字が「正常か異常か」――どれも、まだ言い切る土台がありません。そして次の章で触れる「施術の前後でどれだけ変わったか」についても、では何度変われば意味のある変化なのか、その線引きは、まだ確かめられていません。分からないことを、分かったふりをしない。これも、隠さないことの一部です。

この四つを混ぜないこと。言い切れることは誇張なく言い切り、参考値は「ものさしが違う参考です」と添え、分からないことは「まだ分かりません」と正直に告げる。それが、私たちが数字を扱うときの、たった一つの作法です。

SIX
第六章

世の中では、このあたり ― ただし、ものさしが違う

「では、ふつうの人と比べてどうなのか」と知りたくなるのは、自然なことです。世の中の研究が、どのくらいの値を報告しているか――参考として、いくつか挙げます。ただし、最初に強く申し上げます。「ふつうの一つの値」は、存在しません。健常な人でも、年齢や体格によって、驚くほど幅広くばらつきます。

たとえば、背中の丸み(胸椎後弯)。日本人の健常者六百二十六名を立位のレントゲンで測った研究では、平均およそ三十六度、ただし前後に十度ほどのばらつきがありました。腰の反り(腰椎前弯)は平均およそ五十度、こちらも十一度ほどの幅。そして、どちらも年齢とともに変わっていきます。「正常な一点」ではなく、「幅広い、動く分布」なのです。

🟡 参考値として(出典を添えて)
日本人健常者の胸椎後弯 平均36.0度・腰椎前弯 平均49.7度(Yukawa ら 2018、626名、立位X線)。骨盤の左右の傾きは中央値2.0度ほど(Moharrami ら 2023)。後足部の傾きの正常値は、研究により3.5〜7.0度。
――いずれも、レントゲンやゴニオメーターで測った値で、AGGTのスマホ写真とは測っているものが違います。「世の中ではこのあたり」という地図であって、「これを超えたら異常」という線ではありません。

ここで、正直に言わなければならないことがあります。世の中には「踵が四度を超えたら全身に影響する」「骨盤の傾きが五・六度を超えたら異常」といった、もっともらしい数字が出回っています。けれど、文献を当たると、後足部の四度はむしろ正常のど真ん中ですし、五・六度という値は「健常者の九十五パーセントが収まる上限」であって、「これを超えたら異常」という意味ではありません。健常な人の五パーセントは、ふつうにそれを超えます。もっともらしい閾値ほど、根拠を確かめると、足元が崩れます。

だから、AGGTは、これらの参考値を「判定の線」には使いません。使えない理由は、はっきりしています。スマホ写真から関節を推定する仕組みには、数度ぶんの誤差があります。判定したい閾値が数度なのに、誤差も数度。誤差が閾値と同じ大きさでは、「正常な人を異常と呼んでしまう」ことが避けられない。この仕組みで合否を判定することは、原理的にできないのです。だからこそ、私たちは判定をせず、揺れを見せることに徹します。

SEVEN
第七章

一人から、これからへ

ここまで読んでくださった方は、お気づきかもしれません。この記事には、立派な結論がありません。「だからAGGTは正しい」とも、「この人はこういう身体だ」とも、書いていません。書けることだけを書き、書けないことは空白のままにしました。

それでも、この一人ぶんの五枚は、私たちにとって大きな一歩でした。これまでの三篇で「まだ一つもない」と書き続けてきた、AGGT自身の土俵の実データ。その最初の一滴が、ようやく落ちたからです。後ろは揺れ、横は揺れない。撮り直しても縮まない。一枚ごとは正確。これらは、文献から借りた数字ではなく、AGGTのものさしが、実際に人を測って出した、最初の事実です。

🔴 これは、一人ぶんです
当然ながら、一人を測っただけで、日本人の標準も、人間の標準も、語れません。この記事は「モンゴロイドの一症例」のような大げさな主張をするものではなく、「ものさしを実際に動かしたら、こう振る舞った」という、等身大の実演です。ここから先、何十人、何百人と撮りためてはじめて、AGGT自身の「ふつうの分布」が見えてきます。それまでは、ここに出した数字も、すべて出発点の一滴にすぎません。

そして、いちばん大切なことを、最後に。AGGTが本当に確かに言えるのは、「正常か異常か」ではありません。同じ人を、同じ条件で、施術の前と後に測って、どれだけ変わったか――その変化です。前後を同じ条件で比べれば、ものさしのクセは打ち消し合い、変化だけがくっきり残る。揺れを隠さず見せながら、その揺れの中から、確かな変化をすくい取っていく。それが、AGGTがこれから歩いていく道です。

確かめたことは、確かめたと書く。
借りているものは、借りていると書く。
まだ分からないものは、分からないと書く。
そして、揺れたものは――揺れたと、隠さずに見せる。

一人を五枚ずつ測ったら、後ろ姿が揺れて、横顔が揺れなかった。たったそれだけのことを、飾らずに、隠さずに、お見せしました。重力は、誰にとっても同じです。その重力に対して、身体がどう立ち、どう揺れるか。一台のありふれたカメラと、揺れを隠さない覚悟があれば、そこへ近づいていける。これを、これから皆さまと一緒に、一滴ずつ確かめていきたい――それが、この一篇でお伝えしたかったことの、すべてです。

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本稿の位置づけについて 本稿は、AGGTの測定ツールで実際に取得した一名・一日ぶんの実測データの記録です。傾きの角度が写真からの実測値であること、その角度から距離を導く計算が三角関数として確実であること、ばらつき幅が計算結果であること(🟢確立)と、この撮影で観測された後方・側面の非対称という事実(🟢この撮影の事実)、世の中の研究が報告する参考値(🟡参考・ただし測定モダリティが異なる)、そして身体の意味づけ・AGGT自身の標準分布・個人の正常異常判定が未確定であること(🔴未検証)を、明確に分けて記しています。

被験者はAGGTの開発者本人であり、撮影・公開について本人の同意を得ています。一名の観測から集団の標準や身体の状態を推論することはせず、本稿は症状の診断や治療効果を保証するものではありません。

第六章で挙げた参考値は、立位X線・ゴニオメーター等で測定された文献値であり、AGGTのスマートフォン写真+姿勢推定とは測定モダリティが異なります。これらをAGGTの測定値に対する合否判定の閾値として用いることはしません。スマートフォン姿勢推定の角度誤差が判定したい閾値と同等以上であるため、本測定系での正常/異常の機械的判定は原理的に行えません。なお、本稿が主軸とする施術前後の変化量についても、何度の変化をもって臨床的に意味のある変化とみなすか(最小臨床的重要差)は、AGGTのモダリティではまだ確立されておらず、今後の実測データの蓄積により検討すべき未確定事項です。

本稿で示した数値・解釈は、AGGTおよび独立検証(Manus)による相互検証を経たものですが、各文献の数値・結論の引用にあたっては原論文を典拠とし、本稿における解釈はAGGTの見解であって各研究者の主張そのものではありません。参照した主な研究:Yukawa ら 2018(日本人脊柱矢状面アライメント、n=626)、Hasegawa ら 2016(同・回帰式、n=126)、Moharrami ら 2023(骨盤傾斜の正常範囲)、後足部角の正常値に関する諸文献(3.5〜7.0度)、静的後足部角の歩行予測性に関する報告ほか。

ライセンス:CC BY-SA 4.0 / AGGTとは先人から受け取ったバトン